変化するということ

「確率」の概念に興味があります。

そもそも、確率ってなんなんでしょうか?

Wikipediaから引用して、まずみてみると・・・

確率(かくりつ、英: probability)とは、ある現象が起こる度合い、ある事象が現れる割合のことをいう。偶然性を含まないひとつに定まった数値であり、発生の度合いを示す指標として使われる。
Wikipedia

って書いてある。

ふむふむ。

自分自身として、数学的に計算に計算を重ねた理論値にてどうちゃらこうちゃら、というのもすごく魅力的だと思うんですが、結局絶対的な決定理由とかって無いと思うんですよね。

世の中に「絶対」ってなかなかないと思うので。

なので、僕自身としては確率は可能性的な意味合いで捉えてしまってる所があります。

統計的に、「〜だろう」という推論を一つの区切りとしたい場合に確率が使われるのかなって。

視聴率とかも、サンプル数を決定してこれだけの例を取ればおおよそ全体でも同等の数字が弾き出されるだろう、といった具合に。

物事を決定したり、何かするのに方向性を決める上での目安や指針としての役割と、その決定理由。世の中に100%っていうことがなかなか存在しない以上、なにかしらを拠り所におとしどころを決めないといけませんからね・・・

そして、よく思うのは、日本人は特にこういうことを考える傾向があったりするのかな〜と。(主観です)

既に出ているデータを拠り所、っていうか頼りにして安全策を選ぶ。

確かに、過去のデータや統計っていうのはすごく大事だと思います。それを生かさない手はありません。

ですが、この感覚ばかりに囚われてしまうと怖いなって思うんです。

この感覚にがんじがらめになると、どうしても受け身になりがちになるんじゃないかなと。

そうすると、行動や方向性を決めるときにどうしても過去のデータが無いものは選択肢から除外してしまう癖がついてしまうのかなって。

前例の無い新しいものに挑戦するときには、不確定要素が沢山詰まってると思うんです。そこに飛び込めるかどうか。

IT業界で見ても日本企業と外国企業ではどうもこの辺りが違うんじゃないのかなと感じます。

過去のデータがある場合はある程度の確率、可能性が予想できます。そこで良い数字が出ているからGO、という決定しかできないとなかなか新しいものは生まれない、生みにくい気がします。

要は、この手の確率や可能性って進むことで数字を大きくしていくことが可能だと思います。

別の観点でのアプローチによって数字を広げていくこともできると思いますし。

如何に偏りのない視点でいられるか。

そして、これだ!と思ったことにはまっすぐに向かい合っていけるかどうか。このバランス感覚をもっと鍛えていかないとって思います。

世の中は変わっていくものですよね。未だかつて全てが同じ状態だったことなんて無いはずです。

そう考えると、変わっていくことは「自然」なんですよね。

それなのに変わることを嫌って、存在しない「安定」にばかり目を向けてしまうことが、どれだけのリスクを追うことになるのか。。。

だって、変わっていくことが自然なのに、その現実から目をそむけちゃってるので。

そもそもでっかく考えると、結局人って生きていること自体が奇跡的で、ギャンブルしているのに近いんじゃないかと思うんです。

「明日は我が身」

「一寸先は闇」

みたいなことわざもあるくらいですから。

望む望まないにかかわらず良いことがが訪れたり

望む望まないにかかわらず悪いことがが訪れたり

本当に世の中は不確定なことが沢山あふれています。

「当たり前」なんてありえません。

だからこそ、今日一日が無事終えられたことに感謝できるし、人の存在にも感謝できます。

当たり前に見えるように繰り返されてる現象が、どれだけすごいことか。

変わっていく、ということは、何かが終わって何かが始まることですよね。

捨てる勇気と、進む勇気がたくさんいると思います。

でも、すごく楽しいです。変化があることは。


梅雨に入りました。

雨だといろいろ大変ですが、がんばりましょう。

以上です。

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