ディスプレイはやっぱり重要

日々PCを使って作業していると、色んな所で効率的にしたくなります。

えっ?なりませんか?

僕は。。。なるんです。

細かい場面場面での効率化は都度その時に良いアプリケーション等を探して効率よくしていけばいいと思うんですが、まずやっぱり作業するキャンバスとなる「ディスプレイ」。

これが意外と重要かなって思います。面白いと思うのが、ディスプレイってPCを使う上である意味同然のように備え付けられているものなので、そもそも好みがどうかいう対象に入らない人もいると思われます。

ディスプレイに対してなんの感情もない、ということです。

買った時からそのディスプレイで、それはもう存在するのが当たり前で、変えるとか増やすとか、そういうことをする対象でない、と。特にノートPCだとそうなりやすいのかなと。

かくいう僕自身がそうだったので。

買った時からノートパソコンで、ずっとそのままの解像度。

それが当然と思ってました。

が、しかし、とあるタイミングでディスプレイを2つにしたんです。

最初は「慣れないなあ。。。」と思っていたのですが、片方にブラウザ、片方にエディタ、みたいな感じで役割を持たせて行くと、調べ物をしながら書き物ができたりしていくので、いちいちクリックしてウィンドウを切り替えなくてすみます。そしていつしか、デュアルディスプレイにどっぷり浸かってしまいました。ちょっとのことが効率よくなるだけで、精神的にも時間的にも随分余裕が出ます。

ですが、さらに別の点で僕の場合は、解像度が大きいということが効率が良い理由だったことに気づきました。

最初はノートパソコンに別のディスプレイをくっつけて使ってたんですが、くっつけたディスプレイの解像度がノートのディスプレイよりも大きかったんです。

特に、高さがあることが大きかったです。高さがあるだけでなんだか視野がすごく広がった感覚になります。全体を見渡せるというか。

(※蛇足 -> サッカーとかでも視野の広さって大事って言いますよね?視野の広い人はゲーム全体の流れが見えるので試合を有利に進められるので。)

そして、メインPCをiMacに変えて、それは決定的になりました。

ディスプレイ1つでも、高さがあれば作業が捗りました。(この辺りは好みがあると思います。Mission ControlというMac標準のアプリがあるからとも言えます。)

ノートPCでは基本的にアプリケーションは最大化状態で使っていましたが、解像度の大きなディスプレイだとめったに最大化はしなくなりました。

とにかく余裕が生まれます。

なんでこんなことを書こうと思ったかといいますと、先日使っていたiMacが壊れ、修理に出していたんです。

その時に、以前のノートパソコンを使っていたのですが、使い方を忘れているようなことは無く、案外なんでも大丈夫なんだな〜〜〜と思っていたのですが、解像度の違いによるストレスの感覚だけがどうしても拭えなかったんです。

よくある、失って気づくものがある、といったパターンの1つですね!

思っている以上に解像度が重要ということに気づきました。

PCが壊れた時はがっかり感しか無かったんですが、気づかない自分の心の内に気づけたっていう意味では有意義な期間でした。

何事も捉え方1つでプラスに考えることができるものですね。

経営理念にもあるように、楽しむこと、楽しめるように考えること、これは仕事はもちろん、生きていく上でも得なんじゃないかなって思います。

そんな感じで、ディスプレイから人生を再確認したとある一日でした。

以上です。

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